【京都会議ハイライト5】ビジネス界・民間団体から続々登壇 熱帯びた領域横断対話 ――ランチセッション
二つのパネルディスカッションが終わると、時刻は正午を回りました。ここからはパートⅡ「AI時代における社会の再設計」と題したランチセッションです。三つに分かれた会場のうち、どこで耳を傾けるかは参加者の自由。日本料理の箱弁当をつつきながら壇上のやりとりを楽しむ趣向です。程よい緊張感にリラックスした空気が注入される中、産業界や民間団体のパネリストたちも登壇して領域横断の対話が熱を帯び始めます。
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AIと向き合うビジネス界 問われる経営者の手腕
ランチセッションのうち、京都会議のメイン会場であるRoom Aで行われたパネルディスカッションでは、ビジネスにAIをどう活用すべきかという論点が中心となりました。
「日本の会社では十数年前、 AIも用いないで1人の社長が全部決めていました。画一的な意思決定がなされ、日本の経済がしばらく停滞した大きな原因だと思います。データの信憑性は十分考慮しながら、AIを導入して多様な意思決定ができる経営にしていくべきです」
当研究所の理事を務める日立製作所の東原敏昭会長はそう述べ、AIを経営判断に取り入れていく企業が今後増えるだろうとの見通しを示しました。また、28万2000人の日立社員のうち約6割が外国籍だからこそ、国境を越えた共通理念のもとに働くことが大切になると説明し、「(企業の存在意義や社会的な価値を明示する)パーパス経営にAIを導入できるのではないでしょうか」と述べました。
米紙ウォール・ストリート・ジャーナルなどを発行するニューズ・コープのロバート・トムソン最高経営責任者は、経営者こそAIに精通すべきだと強調しました。その理由は「AIが技術部門だけのもの、いわば『技術部門による独裁』のようになってしまえば、過ちを犯すことになるから」だと語り、AIのリスクとされるバイアスや偏見を正していくため、AI開発企業に対する社会的監視も必要であると主張しました。また、ジャーナリズムの観点から「(ニュース記事などの)知的財産が保護され、軽視されないことは重要です。『オープンソース』が『窃盗』の同義語であってはなりません」と指摘しました。
ステークホルダー理論の創始者とされるバージニア大学(米国)のR・エドワード・フリーマン特別教授と、スイスに拠点を置くジュネーブ・サイエンス・ディプロマシー・アンティシペーター財団(GESDA)のアントン・ルパート理事も、企業がAIとどう向き合うべきかについて見解を披露しました。フリーマン特別教授は「テクノロジーがもたらす利益とリスクの両方に対し、用心深く注意を払い続け、対話を絶やさないこと」が肝要だと述べ、ルパート理事は「AIは本質的に私たちを反映しています。私たちをもとにデザインされ、その良い面も悪い面も私たちに由来しています」と注意を喚起しました。
AIは信頼できる存在か―― 開発規制めぐる議論も
Room B-1のセッションでは「信頼」をキーワードに、やはりAIを巡る議論が展開されました。
5人の登壇者のうち、通信機器大手エリクソン(スウェーデン)のボリエ・エクホルムCEOはまず、「構造的にはAIを信頼することはできないと思います。モデルに何が入力されたか分からないからです」と指摘。「多くの点で私たちより優れた能力を持っているかもしれないが信頼できないものと、どのように付き合えばいいのか、議論を始める必要があります」と語り、ビジネス界はAIの不完全性を前提に活用を考えなければならないと述べました。
韓国の主要企業などで組織される韓国経済人協会のリュ·ジン会長(豊山グループ会長)は「信頼」という物差しで比較した場合の「人間とAIの違い」に着目し、「人間関係に関しては、AIがそれを代行することはできません。AIは人々を助けることができるでしょうか。AIは人々を結びつけるキューピッド役になれるでしょうか。それは不可能だと思います」と話しました。
話題はAI規制の在り方にも及びました。AI開発を巡っては、法規制を強化してきた欧州連合(EU)と、開発優先で自主規制に委ねる米国や中国などとで立場に開きがあります。日米のリーダー育成に取り組む非営利団体「米日カウンシル」のオードリー・ヤマモト会長兼CEOはそのような背景事情を踏まえつつ、こう述べました。
「イノベーションがまだ起こっていない段階で、過度に規制したくはありません。今は、どの程度のガバナンスが適切なのかを見極めようとしている状況にあるのだと思います。アメリカにおけるAIの利用の広がり方や、ガバナンスが不十分であった点から得られた幾つかの教訓を踏まえると、ほかの国々もそこから学ぶことができるでしょう。すなわち、イノベーションが引き続き発展し続けることを可能にしつつ、人々と人命を守るためのガードレールを設ける——その微妙な均衡を保つことによって、恩恵を受けられるのではないかということです」
分断にあえぐ民主主義 乗り越えるための「アクションを」
Room Dのセッションでは「AI時代の社会」という大テーマをブレイクダウンし、「民主主義の再構築」を巡る議論が行われました。
「この1年、2年で日本でも分断が進んでいます。ネット社会では、より短くて強烈なメッセージを出す。極端な主張が分断を煽っています」
自治体首長として唯一のパネリストとなった松井孝治・京都市長がそう指摘すると、ペンシルベニア大学(米国)のフリッツ・ブライトハウプト教授は「私たち(米国人)は今、国全体を分断する国家的な二極化という実験を行っています」と呼応しました。
当研究所は現代の課題を「分断」と「変容」という二つの力学の観点からとらえ、あらかじめ京都会議の参加者に哲学的思索の材料を提供しましたが、このパネル討論では分断というテーマに正面から向き合った議論が交わされたのです。
分断の拡大と深刻化を目の当たりにして、それを生んだ当事者の人間は何をすべきでしょうか。各パネリストは「理性的な感情」や「対面コミュニケーション」などの大切さを挙げ、そこから先は「マシンは感情を持つことができるか」「AIやロボットに人間性を認めるべきか」といった論点での意見交換も行われました。
モデレーターとしてユニークな締めくくりの質問を投げかけたのは、ザンクトガレン大学(スイス)でビジネス倫理研究所所長を務めるトーマス・ベショルナー教授です。
「この会議の後、京都哲学研究所に何を期待しますか。彼らに宿題を出しましょう」
ブライトハウプト教授は「人間であることのタスクを定義し、それを助ける政策を考えること」を期待したいとし、GESDAのマニュエル・グスタヴォ・アイザック科学・哲学リーダーは連携のネットワークを拡大していくにあたって丁寧な対話が必要だと述べました。
一方、東京大学の唐沢かおり教授は「今回の京都会議で、理念とか、その理念を実現するシナリオが描かれると思うのです。次はアクションかなと」。最後に水を向けられた松井市長は、善悪の二元論から脱する多層的価値の提案に加えて、AIやロボットなどを「どういう風に社会の中にインボルブ(包摂)していくのか」を考えてほしいと話し、当研究所が進むべき指針を提示しました。
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