【京都会議ハイライト8】哲学論議に挑んだ産業界 「資本主義」「人と人の関係性」とは ――パネルディスカッション その2

 第1回京都会議のパートⅠに位置付けたパネルディスカッション①と②では、哲学・科学・芸術分野の有識者10人がビジネス領域に踏み込んで意見を交わしました。午後のパネルディスカッション③はこのベクトルを逆転させ、産業界に身を置くパネリスト3人が学問領域に踏み込み、識者たちとの哲学的な議論に挑みました。初日を締めくくるパートⅣ。テーマは「価値の実装」です。

Details

三方よしに宿る「利他」の精神 資本主義に相互扶助の視点を

 議論の主題の一つは「あるべき資本主義の姿」でした。口火を切ったのは経済同友会の筆頭副代表幹事も務める日本たばこ産業(JT)の岩井睦雄会長です。

 「たばこは何のメリットもないと言いますか、食べる、栄養があるわけでもないのに、人間はなぜ欲するのだろう。そんなことを、ずっと考えてきました」

 たばこが持つ商品価値から話を始めた岩井会長は「価値は人間にとっての意味」であると説き、京都哲学研究所が掲げる価値多層社会は、経済同友会が提唱する共助資本主義と親和性があると述べました。共助資本主義は、助け合いによって包摂的社会を目指す考え方だといいます。

 一方、当研究所の理事を務める読売新聞グループ本社の山口寿一社長は、世界で起きている分断を緩和していくために企業が貢献できることは何かという観点から、資本主義に関する持論を展開しました。山口社長は江戸時代に近江商人が経営理念とした「売り手よし、買い手よし、世間よし」の三方よしの考え方の根底に、譲歩や利他など相手の立場を慮る精神があったのではないかと指摘。個人や社会の多層的なアイデンティティーを尊重する価値多層の思想は「社会、世界を良くしていくうえで有力な考え方になる」と述べました。

 岩井会長がこれに呼応し、共助資本主義にも三方よしに通じる点があると強調。「アダム・スミスが言っている共感みたいなものをベースにして、自分たちが何をしていくべきかを考えていこうというのが元々の出発点としてあります」と述べました。

 ここで、モデレーターを務める当研究所の野村将揮エグゼクティブ・アドバイザーが、会場で議論に耳を傾けていたボン大学(ドイツ)のマルクス・ガブリエル教授に呼びかけ、コメントを求めました。ガブリエル教授が提唱する倫理資本主義と三方よし、共助資本主義との共通項について聞くためです。ガブリエル教授は渋沢栄一の「論語と算盤」に言及しつつ、こう述べました。

 「ウィン・ウィン・ウィンの構造、そして、それが人間同士、他の動物、人間以外の自然との相互作用に根差しているという考え方こそ、進むべき道だと私は考えています。相互扶助の資本主義こそが、資本主義本来の姿なのです」

 東京大学の東洋文化研究所で所長を務める中島隆博教授は、渋沢栄一の指導役だった三島中州を引いてガブリエル教授の話を掘り下げました。

 「彼(三島中州)が義利合一説というのを唱える。『義』は正しさとか良さっていう道徳的な価値です。『利』を単なる経済的な利益ではなく、利他も含めた広い意味での価値として捉えた。企業にとっての価値を今考える時に、やはり義と利、この二つ両方を追求していくというのが大事なんだろうと思っているわけです」

 中島教授が続けます。

 「オックスフォード大学にコリン・メイヤーという先生がいるのです。彼が『人を助ける者を助けなきゃいけない』と。これが企業の役割だというのです。面白い言い方ですよね。人を助ける者を助ける。私はそれを『利他の利』と言ってみたのです」

 中島教授は、社会に大きな影響力を持つ企業こそ「利他を利する」姿勢で経営に臨むべきだと唱えました。

関係性深化で信頼を醸成 人間のきずなが大きな力に

 このパネルで意見を交わしたもう一つの哲学的命題は、人と人との関係性です。

 当研究所の理事で、長らく研究開発に従事してきたNTTの大森久美子チーフエグゼクティブフェロー室統括部長は、同社が開発した生成AI「tsuzumi」を例に関係性の大切さを説きました。大森部長によれば、tsuzumiは全般的な能力だと米国のChatGPTなどに及びません。この壁を乗り越えるために「専門性を高めた小さなAIをたくさん作って、そのAIをつなぎ合わせることで、GPTに対抗していこうと開発を進めた」そうです。

 「足りないところを技術の面でも埋めていく。そういうパートナーシップを組んでいくことが、私たちNTTの研究開発には求められています」

 大森部長はそう強調し、イノベーションにおいても人と人との信頼関係が基盤になるとの認識を示しました。大森部長は、京都学派の礎を築いた西田幾多郎との出会いが哲学を勉強する契機になったとも語りました。

 これに関連して岩井会長が言及したのは、感情や心の神秘性でした。

 「AIにも感情や心ができるのか、そういったものがあって、初めて人間と共生ができるのか。自分の中では全然、解のない問いです」

 すると、中島教授は次のように答えます。

 「心って非常に面白い現象なのですけど、私はいつもプロセスだと思っているのです。何か心を人が所有している、そんな馬鹿なことってないのですよ。そうじゃなくて、例えばここにたくさんの方々がいらっしゃいますけど、今私たちは心を共有しているわけですね。共有することによって初めて、出口先生おっしゃるようなWEっていうのが現れる」

 山口社長はかねて、報道機関の社会的役割について論じた米国の哲学者ジョン・デューイの本などを読み、ジャーナリズムの在りように関する考えを深めてきたと言います。山口社長は「近代以降の世界を秩序立ててきた大きな物語が説得力を持たなくなり、この問題の答えが見つからないうちにAIが登場してポスト・ヒューマンの状況に突入しました」と指摘。中島教授の問題意識については、倫理学を人間の関係性から構築した和辻哲郎を引き合いに、こう語りました。

 「信頼は私たち新聞にとっても非常に大切なもので、そういう点から和辻哲郎の本を読んできました。和辻が言っている間柄的存在論。私と他者を切り分ける、あるいは人間と社会を二項対立として捉えるのではなくて、人と人との間柄を前提に考えていくという考え方も、出口先生が言われているWEターンにつながるのではないのかなと。重視されるのが信頼であると、良い社会に近づけていけるのかなと感じています」

 パネルディスカッション③が幕を閉じ、初日の議論を全体的に総括するラップアップパネルを経て初日のセッションが全て終わりました。時計の針は午後6時を回り、京都の空は夕暮れに染まっています。パネリストと参加者たちは国際会館の夕食会場に移動し、グラス片手に感想を述べあいました。分野を超えた、ざっくばらんな対話。これも、京都会議で生み出したかった「人と人との新たな関係性」です。

Others