【京都会議ハイライト9】文化・芸術は価値の起点 ネットワーク形成に欠かせぬ視点とは ――パネルディスカッション その3

 一夜明け、第1回京都会議は2日目を迎えました。9月も下旬に入り、朝は空気がひんやり感じるようになった京都・宝ヶ池の国立京都国際会館。「価値の創造と表現」と題したパートⅤでは、人間性をはぐくむうえで欠かせない芸術や文化について4人のパネリストが語り合います。その後に続くパートⅥのテーマは「未来への展望」。国境を越えて国際的な活動に取り組んできた識者4人が、ネットワークが生み出す創造性についてパネルディスカッションを行いました。

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創造・想像が人間を豊かに 和歌やアニメになぞらえ

 京都会議の特徴の一つは、産業界と学術界のみならず、芸術界や宗教界、教育界、官界などの関係者が一堂に会し、多角的な視点をぶつけあったことです。個別の領域では越えられない問いに、共に向き合いました。

 2日目午前のパネルディスカッション④は、その象徴とも言えるセッションで、文化や芸術に造詣が深い登壇者たちによって豊かな議論が醸成されました。モデレーターを務めたマサチューセッツ工科大学(MIT。米国)のヴィープケ・デーネーケ教授は、日本や中国など東アジアの文化・言語の研究者です。デーネーケ教授はパネルの冒頭、源氏物語を書いた京都ゆかりの紫式部を紹介し、一首の和歌を引きました。源氏物語の主人公・光源氏が、朱雀帝に嫁ぐ予定だった朧月夜と道ならぬ恋に落ち、その咎を問われて須磨の地に流罪になった際に詠んだ、悲恋の歌です。

 恋わびて泣く音にまがふ浦波は思ふ方より風や吹くらむ

 (恋しさからすすり泣く音に、海辺に打ち寄せる波の音がよく似ているのは、恋しく思う方向から風が吹いてくるからだろうか。※現代語訳には諸説あり)

 デーネーケ教授は、光源氏が「人生のどん底」にありがならも和歌を詠んだり琴や琵琶をたしなんだりしながら暮らしたと紹介し、教養をはぐくむ文化や芸術は「私たちを人間たらしめるもの」だと強調しました。光源氏が厳しい蟄居生活の中に「価値」を創造したというわけです。

 日本の古典文学や禅の思想などを研究するタリン大学(エストニア)のレイン・ラウド教授は、芸術が「人間の生活の最も基本的な価値の一つである自由」を包含していることに刮目すべきだと述べ、こう続けました。

 「私たちの世俗的な社会は、自由であることを芸術家に外部委託しているのです。私たちは芸術家を大切にしなければなりません。なぜなら、彼らは自由であることによって、私たちの日常生活を超えたもの、普通を超えたものをも示してくれるからです」

 一方、認知科学に精通するエール大学(アメリカ)の哲学者L.A.ポール教授は、日本の長編アニメーション映画「千と千尋の神隠し」のスライドを使いながらAIについて語りました。投影された1コマには、黒装束に無表情の白い顔が特徴のキャラクター「カオナシ」が描かれていました。

 「私がなぜここでカオナシをお見せしたかというと、AIと私たちが将来創造するものが、どちらの方向にも進む可能性があることを理解する必要があるからです。善のための力になることもあれば、恐ろしいものになる可能性もあります。しかし、私たちはAIの方向性を定めることができます。協力し、共に行動して、AIが私たちの文化的・社会的価値観と一致し、それを受け入れ、発展させ、支援するように努めなければなりません」

 その後、パネルディスカッションの論点は「想像力」や「創造性」の大切さへと移っていきました。建築家として著名なハーバード大学(アメリカ)のモーセン・モスタファヴィ特別功労教授は「純粋に抽象的な形で物事を想像するのは非常に困難です。しかし、建物の模型の作り方や建物の図面の描き方を学ぶことを決めた場合、その図面が、ある意味で想像力を学び、実践するための手段となります」と語り、想像力をはぐくむには「実践」が重要だと指摘。インドの神話学者デーヴダット・パッタナイク氏は、人と人が協力していくうえでも想像力の豊かさが欠かせないと述べ、こう続けました。

 「物語、象徴、儀式を比較し始めると、あなたは他者の心に入ることを余儀なくされます。あなたは他者の想像力、彼らがどのように家を建てたかを見ることを余儀なくされ、それが論理に基づいておらず、美学、感情、想像力に基づいていることに気づき始めます。そして、他者はあなたと同じように考えないということに気づき始め、それがあなたに想像することを強いるのです」

「人と人つなぐのはコミュニティ」 語り合ったネットワークの本質

 京都哲学研究所は「価値多層社会実現のための国際的な運動体の形成」を活動の柱に位置付けています。問題意識を共有する組織や団体が緩やかに連携し、国境や分野を越えて協力する。そうして出来上がった連帯の輪を、他の輪とつなげていく。それが「ネットワーク・オブ・ネットワーク」の意味するところであり、パネルディスカッション⑤の主題です。

 登壇したのはスイスに拠点を置くジュネーブ・サイエンス・ディプロマシー・アンティシペーター財団(GESDA)のステファン・ドゥクテール事務総長、ユトレヒト大学(オランダ)で アフリカの「ウブントゥ」という思想をAIシステムに注入する研究を行っているワカニ・ホフマン研究所部門長、テクノロジーと人間性の相互関係に焦点を当てる「ビエンナーレ・テクノロジー・フェスティバル」の企画・運営を手掛けてきたトリノ工科大学(イタリア)のギド・サラッコ前学長、美術史家で国際哲学人文科学会議の副事務局長も務めるセゲド大学(ハンガリー)のゾルタン・ソムヘジ准教授。4人はいずれも国際的な活動を展開し、ネットワークの意義を体感した経験を持っています。

 ドゥクテール事務総長はパネルディスカッションで、当研究所が提唱する「ABCモデル」に言及し、GESDA設立の目的はABCで言うところのB(=ブリッジ)であり、「科学、政治、ビジネス、そして市民の世界をつなぐため」だったと述べました。そのうえでA(=アクション)の成果の一つとして、社会に大きな影響を与え得る科学技術について展望する「GESDAサイエンス・ブレークスルー・レーダー」の取り組みを紹介。レーダーの制作には多角的な分析が必要で、そのために2500人の科学者をネットワーク化したと語りました。

 「このネットワークというトピックは、人間であるとはどういう意味かという問題に本質的に結びついています」

 そう言い切ったのは、ホフマン部門長です。ケニアで生まれ育ち、マサイ族の血が入っているというホフマン部門長は、ネットワークの概念を先入観から解き放つ必要性を唱えました。

 「(人間同士の)ネットワークはケーブルではありません。コミュニティです」

 ホフマン部門長は、通信ケーブルで機械的につながっていることがネットワークではなく、関係性に基づくコミュニティが形成されてこそ人間同士のネットワークは成り立つものだと説きました。その考え方は、彼女が研究するアフリカのウブントゥ思想(「あなたがいるから私がいる」という関係性に基づく哲学)に通じるといいます。ウブントゥは、生きとし生けるものが生命力で等しくつながっているととらえるがゆえに、「中心」は存在しないそうです。ホフマン部門長はそうした点が、出口康夫京都大学教授の唱える「中空的なWE」と共通すると述べました。

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