【リレーインタビュー1】出口康夫京大教授(上) 「新しい技術には新しい哲学を」 一致した2人の思い 動き出す研究所創設
当研究所の主要メンバーに、活動を始めるに至った経緯や今後の取り組みへの思いをリレーインタビュー方式で聞きます。初回は共同代表理事を務める出口康夫京大教授です。
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――京都哲学研究所を創設した理由と経緯を教えてください。
もう一人の共同代表理事でもあるNTT会長の澤田純さんの考えが出発点です。あれは新型コロナが流行する前の2019年夏。当時、澤田さんはNTTの社長で、次世代通信基盤「IOWN(アイオン)」の開発を発表した後でした。初めて京大でお会いした時、澤田さんと、こんな話をしたことを覚えています。
《新しい技術が次々に出てきて、将来的には人間の「デジタルツイン」が誕生し、亡くなった人と会話し続けることさえ可能になるかもしれない。しかし、人間とは何か、自己とは何かという基本に立ち戻って考え直さずに、新しい技術を無邪気に社会実装して本当にいいのだろうか》
私はその頃、京大で産学連携の取り組みを幾つか行っていて、哲学や人文学に対するニーズが産業界に確かにあることを感じていました。それと同時に、どうも哲学は「哲学のための哲学」というか、アカデミアの中に閉じこもり過ぎているのではないかという、これは私自身に対する反省でもあるのですが、それだけでは袋小路に入ってしまうなという思いをずっと持っていました。哲学以外の事柄を議論することによって、哲学自体をブレイクスルーしていけないかと考えていたのです。
澤田さんとの初面会では、NTTと京大が包括連携協定を結んでいたことを踏まえて、まず何か共同研究を始めましょうという話になりました。それと並行して、澤田さんと定期的に大所高所から意見交換する枠組みも設けました。
そして23年1月に澤田さんと数人で京都・先斗町の料理屋に行った時のことです。澤田さんが「出口さんと一緒に研究所を作りたいんですよね」と切り出しました。
澤田さんは研究所の共同設立に思い至った理由を、我々にこう説明してくれました。
「新しい技術には、新しい哲学がいるからです」
実は、そのセリフは、最初に私が澤田さんとお会いした19年の夏、私が申し上げたセリフと、ほぼ同じでした(笑)。きっと澤田さんの心に刺さったのだろうと思います。澤田さんの提案を私が断る理由などありませんでした。
――産学連携の取り組みは国内外に数多ありますが、京都哲学研究所の独自性はどこにあるのでしょう。
産学連携というと、基本的には理系中心ですよね。文系にウイングを伸ばす場合でも社会科学、たとえば心理学、政策科学、経済学といった分野での連携は割と先行していたと思います。つまり、哲学という非常に人文学的な、社会との接点が遠いと言えば遠いような、そういった学問と産業界との連携は非常に少なかった。ゼロではないけれど、かなり少なかったと思います。
産業界は「価値」の最前線にいる社会のセクターです。なぜなら、企業は売れるものを作らないと、あっという間に潰れますよね。売れるものとは、すなわち価値があるものです。企業は5年先、10年先を予測して「これこそが価値だ」と提案していかなければならない。産業界の方々と哲学的に価値の本質を考えていくことには意味があります。
当研究所のもう一つの独自性は、大学の外に一般社団法人を設けたという点です。「人間とは何か」「価値とは何か」という非常に根源的な問いに関する産業界との共同研究を、学外に切り出す形をとりました。社会の中に身を置くことによって、「社会に発信していこう」「社会に色々な形で働きかけていこう」という強い意志を示しました。
――NTT以外にも複数の企業が設立趣旨に賛同し、連携の輪が広がっています。
国内外で色々な方と会うと、「なぜ大企業が哲学とコラボレーションするのですか」と驚かれます。これは日本が、もっと言えば世界が、大きな壁にぶつかっているからでしょう。これまでは、たとえばSDGs(持続可能な開発目標)のように、国連が「これが価値だ」と掲げたことを受け入れていればよかった。しかし、それでは立ち行かなくなってきて、目指すべき価値が不透明になってきました。そう感じている大企業の経営者が1人や2人じゃなくて、層として表出しているということなのだと思います。言い換えれば、「価値」に関する不確実性の時代に入ってきているということの証左だと言えます。
「中」に続く
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