国際的学術誌が「WEターン」特集号 出口教授提唱の哲学的理念 ヨーロッパの識者ら論考

 国際的な学術誌「Open Philosophy」が、京都哲学研究所の共同代表理事を務める出口康夫京都大学教授の哲学的プロジェクト「WEターン」に関する特集号を刊行しました。タリン大学(エストニア)のレイン・ラウド教授が特集号のゲスト・エディターを務め、WEターンの主要な論点に応答する国際的な哲学者グループによる論考が寄せられています。

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 出口教授は特集号で “The WE-turn of Action: Principles” と題した論文を寄稿しました。WEターンは、あらゆる身体的行為の主体を自足的な「I」ではなく、「WE」というマルチ・エージェント・システムとして再概念化する試みです。

 特集号の序論においてラウド教授は、哲学的個人主義の様々な形式に挑む試みだとして出口教授の提案を歓迎しつつ、WEターンが近年の西洋思想の多くと共鳴する一方で、東アジアの伝統に深く依拠していることも指摘しています。ラウド教授は自身の研究論文 “Yasuo Deguchi’s ‘WE-turn’: A Social Ontology for the Post-Anthropocentric World” で、出口教授の見解をライモ・トゥオメラの社会存在論のほか、ジェーン・ベネットとメルセデス・ヴァルミサによる汎エージェント的諸理論と比較。プロセス存在論と時間的次元を取り込むことが出口教授の試みにとって有益となる可能性を論じています。

 当研究所のシニア・グローバル・アドバイザーであるボン大学(ドイツ)のマルクス・ガブリエル教授による寄稿も今回の特集号に収録されています。WEターンを「条件主義」を通して読解しています。ここでいう条件主義は、行為とは相互に連関した必要条件から成る全体として捉える立場です。この観点からガブリエル教授はWEターンにおけるIをめぐって問いを提起しています。第一に、もしエージェントがマルチ・エージェント的な全体であるなら、WEターンはどのような方法によって自己自存的Iのような外部的「トリガー」をさらに仮定することなく、そのような全体を個別化できるのか。第二に、出口教授の提唱するWEターンが人間とコンピューターの共生関係のようなケースを超えて、いかにして様々な認知的な領域をカバーすることができるのか。こうした点がプロジェクトのさらなる精緻化の上で取り組むべき課題として存在することに留意しつつも、ガブリエル教授は、孤立したIを超えて主体性を再構想するうえでWEターンは有望であると評価しています。

 また、当研究所のもう1人の共同代表である澤田純NTT会長と当研究所リサーチ・マネージャーの高木俊一博士による共著論文 “Incapability or Contradiction? Deguchi’s Self-as-We in Light of Nishida’s Absolutely Contradictory Self-Identity” も特集号に収められました。この論文では、出口教授のSelf-as-We(われわれとしての自己)を、京都学派の創始者である西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」の体系と理論的に比較しています。二つの体系はいずれも全体論的(holistic)身体性に根ざし、非二元論的な自己理解を擁護する点で共通していますが、この論文では両者の試みがメタ哲学的性格において本質的に異なると論じています。そのうえで、出口教授の構成的で形而上学的に倹約的なアプローチは、自己の真矛盾的性格が弁証法的に展開される西田の基礎づけ的形而上学と対照的であると指摘。この点を踏まえ、世界の矛盾的性格をめぐる西田のアプローチを再考することが、WEターンの試みの価値論的側面を強化しうると示唆しています。

 このほか、特集号にはWEターンを幅広い領域へと拡張する以下の寄稿も収録されています。

  • Andrej Zwitter, “Meaning as Interbeing: A Treatment of the WE-turn and Meta-Science”
  • Shigeru Taguchi, “The Logic of Non-Oppositional Selfhood: How to Remain Free from Dichotomies While Still Using Them”
  • Hye Young Kim, “Topology of the We: Ur-Ich, Pre-Subjectivity, and Knot Structures”
  • Yogi Hale Hendlin, “The WE-turn and the Ecology of Agency: Biosemiotic and Affordance-Theoretical Reflections”
  • Takahiro Nakajima, “Listening to the Daoing in the Morning”
  • Martin E. Rosenberg, “The ‘WE-turn’ in Jazz and Cognition: From What It Is, to How It Happens”

 これらの寄稿は、社会存在論、論理学、比較哲学、メタサイエンス、環境思想、美学、認知科学といった多様な視点から出口教授の哲学体系に応答しており、WEターンがいかに異なる分野において展開され、また挑戦されうるかを示しています。特集号は、京都を中心に育まれた思想が社会存在論、環境哲学、AI、心の哲学に関する継続的な対話を豊かにしうることを示すものです。

 「Open Philosophy」特集号は出版社サイトでご覧いただけます。

 

 

 

 

 

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