【リレーインタビュー1】 出口康夫京大教授(下) 「1人じゃできない」が出発点 国際的「WE」形成めざし連携に挑む

出口康夫共同代表理事インタビュー連載の「下」です。

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――出口教授は「社会を単一の価値観でとらえると、抑圧される部分が生じる」と指摘しています。具体的に、どのようなことですか。

近代教育は「できること」、特に知的にできることを子供たちが伸ばし合う点に力を入れてきました。それは悪くないのですが、過剰焦点化することによって過当な競争社会が出現し、「できなさ」を克服すべきマイナスのものとしてしか捉えない人も多いと思います。これは、人間が本来持っている多層なアイデンティティーに対する抑圧です。米国ではドナルド・トランプ氏が大統領選で再選しましたが、その一因として指摘されているエリート層と大衆との分断も、実は「できること」への過剰焦点化によって多くの人が取り残されてしまったからなのではないかと見ています。

私は以前から、「わたし」(I)は一人では何もできないという根源的なできなさを認識し、自分は常に「われわれ」(WE)の一員であるとの視点に立ち返って思考すべきだとする「WEターン」を提唱していますが、最近は「できなさターン」という言い回しもしています。「できること」と「できないこと」という2層の価値があったとしたら、できないことの重要さも理解し合い、認め合う。このような視点を特に義務教育段階で入れていかないといけないと思います。

先日、当研究所のシニア・グローバル・アドバイザーを務めるマルクス・ガブリエルさんとも、この話をしました。学校の価値観を変えていくには、社会の価値観を変えないと誰も賛同してくれない。じゃあ、社会はどうやって変えるのか。やっぱり教育から変えていくしかない。となると、「卵が先かニワトリが先か」みたいな問題が必ず発生しますが、我々は循環の中に入って、ぐるぐる回していくしかないだろうという話になりました。

 

――そのために、どのような取り組みを行おうとしているのか、具体的な道筋を教えてください。

一つは国際ネットワークの構築です。近代社会は過剰に単層化しています。これは日本社会固有の問題ではなく、近代社会なるものが抱えているグローバルな問題と言えるでしょう。そこを理解している者同士が国際的に連携し、価値多層社会の実現を目指す動きを大きくしていくことが大切です。もう一つは言語化です。私たちの考え方を分かりやすい言葉でマルチリンガルに発信し、共感者を募っていくことです。

ネットワーク構築の一環として、2023年7月の研究所設立後は澤田さんと頻繁に海外に出向きました。哲学者とNTT会長が一緒にやってきて「研究所を作りました。価値多層社会のネットワーキングに是非参加してください」と2人並んでプレゼンすると、まず驚かれます。もちろん産学連携は欧州でも米国でもあるのですが、「こういったタイプの産学連携は見たことない」というのが海外の方々の率直な声でしたね。

 

――国際的連携という意味では、アドバイザーに迎えたガブリエル教授が大きな存在感を発揮してくれています。

彼と初めて会ったのは昨年の2月でした。バックグラウンドはかなり違うのですが、実はものすごく同じ考えを持っていて、非常に相補的だということがお互いすぐわかっちゃった(笑)。本当に今まで会わなかったのが不思議なぐらいで、ベクトルが非常に似ていたと思います。彼は「京都哲学研究所にフルコミットメントする」と言ってくれていて、実際、様々な形で手助けをしてくれます。国際ネットワークの構築に関しては、彼が入ってきたことでさらにブーストされました。ありがたいし、力になっています。

 

――当研究所は今年9月23~24日の2日間にわたって第1回京都会議の開催を予定しています。どのような会議になるのでしょうか。

初回は、我々の考え方に共感していただける方々とのネットワークを作っていく場、その出発点になればいいかなと思っています。そこから共同研究や共同プロジェクトが始まっていく。会議の前に種を撒きつつ、会議後に色々な動きが続いていくというイメージですね。京都会議は継続的に開催していく予定ですが、その時々で何に焦点が当たるかは変わってくるでしょう。ただ、AIが大きなテーマになることは間違いない。生成AIがディープなところで社会を変えつつあって、この方向性をどうするかはまだ誰も見えていない。非常に大きな問題です。

もう一つ浮上してきたキーワードは「ポラライゼーション」つまり分極化です。先ほど触れた米大統領選でも顕著に表れていますし、欧州でも分極化の動きが表面化しています。これをどうするのか。重要なのは、たくさんの答えを一つ一つ言語化して、最終的には法律とか規制、あるいは技術の展開といったものに表現していかないといけないということです。AIの「脅威」や分極化にさらされる中で、新聞やテレビなどメディアがどうやって質を担保していくのかということも議論すべき大きな問題です。

ですから、産業界や学術界だけでなく、政府や地方自治体を含む政官界、技術者や専門家、NGO、NPOなどの民間、教育界や宗教界からも幅広く京都会議に参加してもらって、「政産学官民」が共に未来を考える場にしたいと思っているのです。

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