【対談】京都大学・出口康夫教授とオリィ研究所・吉藤オリィ所長――「上」  できなさとWeが併存 分身ロボットカフェにある価値

 昨年9月に開催した第1回京都会議には、病気や障害などを持つ人が遠隔操作する分身ロボットOriHime(オリヒメ)も参加し、「人間とテクノロジーの関係性」や「働くことの価値」などについて共に意見を交わしました。その場では語りつくせなかった論点を深掘りしようと、当研究所の共同代表理事を務める京都大学の出口康夫教授が東京・日本橋の分身ロボットカフェDAWN ver.βを訪ね、OriHimeを開発したオリィ研究所の吉藤オリィ所長と対談しました。

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移動困難者に働く「価値」を

出口教授)京都会議の際は、暑い中を京都までお越しくださって、ありがとうございました。私たち京都哲学研究所は、吉藤さんをはじめとするオリィ研究所の方々の取り組みに強く共感しています。京都会議の後、当研究所のシニア・グローバル・アドバイザーを務める独ボン大学のマルクス・ガブリエル教授や、当研究所の理事でもある読売新聞グループ本社の山口寿一社長が、この分身ロボットカフェを訪ねてパイロットの皆さんと交流したと聞いています。後で詳しく話しますが、吉藤さんが開発したOriHimeは、私の哲学のキーワードである人間の「根源的できなさ」を伝える時に非常に良い教材となるのです。私がこのカフェを訪ねるのは2回目ですが、いつも活気にあふれていますね。

吉藤所長)このカフェでは病気、障害、家庭の事情などで家から出ることが難しい「移動困難者」と言われる人たちがOriHimeのパイロットになり、交代勤務で約100名が働いています。来店客の受け付けを行うOriHimeもいれば、飲み物などを配膳するOriHimeもいますし、テーブルでお客様の話相手になるOriHimeもいます。いわば、移動困難者の新しい働き方、働くことの価値を研究・実装する場です。2021年6月にオープンし、ありがたいことに年間約6万人のお客様に来ていただけているようになりました。今日は実際にカフェで働いている、まちゅんさん(ニックネーム)にもOriHimeに入って来てもらいました。

まちゅんさん)はじめまして。私は多発性硬化症という難病を抱えていて、普段は車椅子の生活を送っています。22年には新型コロナで数か月間、寝たきり生活を余儀なくされました。以前は別の仕事に就いていたのですが、コロナの後遺症がしんどくて辞めました。一気に無職になったことで、「あ、私の価値って何なんだろう」と、ちょっと思い悩む日々が続き、天井を眺めて泣くような時期も正直、ありました。そんな時に、あれは24年6月ですね。こちらのカフェでパイロットの募集を見かけまして。それに応募して、4か月後の10月からお仕事をしています。

OriHimeは「心の車椅子」

出口教授)働いてみて、何か気付きはありましたか。

まちゅんさん)オリィさん(吉藤さん)が言うように、「OriHimeは心を運ぶ車椅子だな」って。身体は家の中から出ていないのに、カフェに来たお客様とOriHimeを通じて「会う」ことができるんですから。私は学生時代に化学を専攻していたのですが、「OriHimeは心と心をつなぐ触媒的役割をしてくれているな」って思いながら動いています。

吉藤所長)移動困難者は国土交通省の調べだと日本に約3000万人いるそうです。実は私も、その1人だったんです。小学生から中学生にかけて3年半、病気療養とストレスで学校に通えず、本当に孤独を感じていました。中学2年の時に学校に復帰でき、工業高校に進学してからは電動車椅子の研究開発に没頭しました。その時、「心の車椅子を作ろう」と考えたんですね。その具体化がOriHimeであり、OriHimeの役割を広げていく研究・実証の場として分身ロボットカフェをオープンしました。

出口教授)哲学者から見ると、このカフェは本当に面白いんです。哲学の知がカバーしてきた領域を軽々と突破するようなことが起こっている。それを既製の哲学の言葉で回収して、わかった気になったり納得したりということよりも、私たちがやるべきは驚くこと。つまり、自分の価値観とか世界観が拡張的に破れていく。お餅に火を当てたら、どんどん膨らんでいって表面が破れますよね。裂けて中からお餅が出てくる。そういう体験ができる場なんじゃないでしょうか、ここは。

吉藤所長)今の時代、ネット空間に入ったりテレワークが浸透したりで、移動困難者が社会参加することは可能といえば可能です。でも私は、より物理的に、「そこに自分がいる」と周りから認識される「分身」を作りたいと考えました。身代わりでなく、「自分の身体がもう一つある」というイメージです。それを意識して作ったのがOriHimeなんです。出口先生がおっしゃる「身体性」に通じると思っています。

出口教授)私の哲学のキーワードは「身体」と「身体行為」なんですね。そして、もう一つのキーワードが「できなさ」です。人間の本質はできることではなく、できなさにある。私は「根源的できなさ」と呼んでいますけれども、全員がそれを抱えている。そして、導き出されるのがWeです。私の言うWeは、できなさに基づいたWe。人間は基本的に1人では何もできない。でも、私たちは日常的に色々なことをやっているわけですよね。たとえば、まちゅんさんは、こうしてカフェで働いている。それは、一緒に働くみんながWeを形成し、助け合っているからであり、テクノロジーの発達がWeのできることを増やしているからです。つまり、このカフェには、できなさとWeの両方が存在しているのです。

――「中」に続く

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